<経緯>
ここ数年、健康診断を受けていなかったが、何の思いつきか、突然人間ドックを受けることにした。
受診先は、社会保険指定の長堀診療所。
自分では、肝臓あたりの数値に多少問題がでるかと思っていたが・・・・。
平成11年6月4日(金)
人間ドック検査結果到着
肝臓その他、ほとんど異常は見あたらないが、ただ一点「胆嚢ポリープ」との記載があり、精密検査が必要とのこと。
胆嚢のおできなら、大したこともないだろうと思って、その足で、再度長堀診療所を訪問。
11ミリ程度のポリープが認められるので、国立大阪病院で精密検査を受けるようにとの指示を受ける。
金曜日の午後でもあり、紹介状をもらって、翌週の月曜日に国立大阪へ行くことにする。
平成11年6月7日(月)
気楽な気分で、国立大阪へ。
9時ちょうどに病院に着くが、大病院の常で、1時間程度待たされる。
診察の先生は、温厚そうな、なかなかのいい先生だったと思う。
ポリープはきれいな形をしているので、おそらく良性であること、10ミリを越えると悪性になる可能性があるので切除すべきかどうか判断に迷うこと、切除となると、大手術中心の国立大阪よりも、近くの大手前病院の方が、面倒見がいいこと、大手前病院に詳しい先生がいるのでその先生に判断を任せたいということの説明があった。
その足で、大手前病院へ。
紹介状の宛名の先生は、アメリカ出張中で当分お留守。
代わりに大森先生という若い先生が担当してくれることになったが、外科部長に相談していただいた結果が、切除。
やはり、癌に変わると大変だからという理由らしい。
聞けば全身麻酔で、1週間の入院とか。
仕方ないなという思いで、再検査の予約をして帰る。
その後、子供が同級生という関係で家内から、貴生病院の中野さんに連絡が行ったために、中野さんから電話が入る。
ご主人(院長)が、すぐ見せに来いといっているらしい。
癌化する危険があるのですぐにでも切った方がいいとの見解だそうだ。
翌日、中野病院訪問。
中野病院では、エコー、CTの一通りの検査を実施。
院長は、胆石でも切るのだから、ポリープなら切るしかないとのこと。
しかも、腹腔手術か、開腹手術でといわれる。
早速入院に必要な検査までその場でしてもらった。
たかが、ポリープをとるだけでと思って聞いてみると、胆嚢の全摘とのお話。
これは、こちらが勝手に思いこんでいたのと大違いだ。
そんなことをいったらさぞかし両親が心配するだろうなあというのが一番の心配事。
家へ帰って、両親と家内に報告の上、念のために中・高同級生で、現在東大阪市民病院勤務の中君に連絡。
中君の話では、胆嚢は、皮が薄いので、ポリープだけの切除は不可能。
胆嚢自体は、無くても良い臓器なので、とった方がいいとの見解。
これであきらめがついた。
両親にも納得してもらう。
中野さんは、うちの病院で切るなら全力でやらしてもらいますと言ってくださったが、胆嚢摘出手術となると、病院も自分で勝手に決める訳にも行かない。
大手前でならということで、何とか両親の了解を得る。
ちなみに、母は、30年来、胆石とつきあっていて、一時は死にかけたにもかかわらず、いまだに切ることを拒んでいる。
6月14日(月)
大手前で、エコーの再検査。
結果は翌週。
6月21日(月)
大森先生の診断。
といっても、ポリープが10ミリの大きさであることを確認しただけで、それ以上はどうしようもないので、入院の予約をする。
胆嚢をとって癌が見つかれば開腹手術に切り替えるとのお話。
入院は、両親とおばあちゃんの旅行が終わった7月12日にしてもらう。
7月11日(日)
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7月12日(月)
午前9時入院
部屋は、本館5階、6人部屋で、窓際のベッド。
目の前は、追手門学院、大阪城の堀や、天守閣のてっぺんだけも見える。
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この日は午前中に、CTの検査があっただけ。
昼からは、ヨードテストの注射と看護婦さん(小森さん)に、病院の案内をしてもらった。
時間がもったいないというのが一番の感想。
昼食、夕食ともに、なかなかおいしかった。
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残念なのは、量が少ないので、とても足りないこと。
とりあえず、売店でお菓子を買って飢えをしのぐが、あと、家内に持ってきてもらった。
今日はお風呂の日というので、突然お風呂に入る羽目に。
シャンプーを持ってきてないので、石鹸で頭も洗ったが、病院でお風呂にはいるとは知らなかった。
9時消灯のあと、しばらくして寝たが、夜中に目が覚めて、なかなか寝られなかった。
7月13日(火)
朝7時に採血。
8時半頃から、造影剤の点滴が始まる。
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続いて、車椅子で、レントゲン室へ。
歩ける状態だが、点滴の影響でふらつくから、車椅子でと決まっているらしい。
何か、赤ちゃんにでもなったような気恥ずかしい気分。
レントゲン室からは、歩いて戻る。
昼食のあと、肺機能検査。
紙の筒を思い切り吹くだけの検査だったが、通常の20%増しぐらいの肺活量があるそうだ。(5.19L)
その後は、何も無し。
看護婦さんに、帰宅の許可を求めるが、先生が手術中で分からないとのご返事。
そうこうしているうちに、家内がひまわりの花と、着替えのパジャマを持ってやってきた。
しばらく話をしているうちに帰宅OKの返事がもらえる。
帰宅前に、大森先生から手術に関する説明がある。
胆嚢の位置の説明に始まって、手術の方法、これまでの検査の結果と手術で考え得る問題点の説明があった。
CTの結果からは、胆嚢に骨と同じように白く光るものが写っているので、胆石とも考えられるが、外にあるようなのでやはりポリープらしい。
肝臓に癒着していると、胆嚢をとる際に出血したり、胆汁が漏れたり難しい手術になる可能性があるが、癒着はなさそうだ。
手術後、胆汁が漏れたり、膿がでたりして再手術になる可能性は無くはないが少ない。
切除した胆嚢を永久検査して癌がなければ、1週間ほどで抜糸して終わり。
癌の可能性があれば30分ほどでできる検査で、必要ならばすぐに開腹手術をして、肝臓の一部を切除する。
というようなお話だった。
通常は、手術後2−3日は、管を出して、しみ出してくる胆汁を外に出し、その後管ははずせるので、退院も可能らしい。
(ただし、抜糸のために手術1週間後に戻ってくる必要はある)
可能性として言い出せば起こりうる問題にキリはないが、とにかく確率は低いと言うことで、安心して帰宅する。
7月14日(水)
朝から会社へ出勤。
会社にいればいるで、仕事があるものだ。
昼過ぎ、ベランダになったキュウリを初めて収穫する。
プランターで育てた割には、大きくなったものだ。
阿弥陀さんに供えて、夜にでも、みんなで食べてくれるようにおばあちゃんに頼んでおく。
夕方6時に病院に戻る予定なので、5時に家を出る。
夕食がどうせ足りないので、途中、古たんラーメンで、ラーメンを1杯食べて病院に到着。
病院に着くと、右近さんと木村さんの連名で大きなお花のお見舞いが届いている。
婦長さんに聞いてみるが、誰がお見舞いに来ていたか知らないとのこと。
あわてて右近さんに電話してみると、迷惑にならないように、木村さんに頼んでお花だけ送ってもらったとのお話。
留守のときにお見舞いに来てもらったのでなくて良かった。
7月15日(木)
いよいよ手術前日。
昨夜もよく眠れなかった。
朝から、手術準備が始まる。
まずは、剃毛。
胸毛から、へその下までの毛を看護婦さん(鈴木さん)に剃ってもらう。
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続いておへその掃除。
どちらも、ばい菌がたまりやすいので、手術による感染を防ぐためとのこと。
シャワーを浴びて、引き続き、抗生物質の検査。
4種類の抗生物質を注射されて、アレルギーがあるかテストされる。
いずれもマイナスで、問題ないとの結論になった。
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これで見納め♪♪
手術前のきれいなお腹
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夕方、一番の遊び友達の山路さんのお見舞い。
看護婦さんを紹介しようと思ったのに、ちょうど誰もいなくて残念でした。
代わりに、デジカメで撮った写真だけ見ていただきました。
夜、下剤2錠と睡眠薬を飲んで早めに就寝。
7月16日(金)
手術当日。
下剤の効果無く、朝から便意無し。
看護婦さん(なぜか宮崎さん)に、浣腸をしてもらう。
結構恥ずかしいものだが、それより、入れてから5分我慢してくださいといわれて、我慢できるものではない。
2分ぐらいで、固形物が少しでて終了。
8時半に、搬送用のベッドのお迎えがくる。
ベッドに乗り換えたところで、筋弛緩剤とおぼしき注射を2本打たれる。
これが何とも言えない気だるさと眠気をもたらせる。
そのまま、手術室へ。
入り口で、パジャマを脱がされ手術室にはいると、すぐ点滴が始まったが、そこで、意識がなくなる。
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| いよいよ手術室へ搬送です。 | ここから先は手術室 |
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| 無事摘出された胆嚢 | 胆嚢から出てきた胆石 |
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| 手術室から出てきたところ | 酸素マスクをしたままの状態 | 一夜あけた病室 |
気が付くと、回復室のベッドの上だった。
特に問題もなく手術は終了したとの説明を受ける。
胆嚢から、胆石が出てきたと見せてもらう。
CTで、白く光っていたのは、やはり胆石だったようだ。
家内と子供が来てくれていたが、2−3会話を交わしただけで、また夢の中に逆戻りする。
7月17日(土)
昨日一日寝ていたせいか、夜中からよく眠れなくなる。
痛みは大して感じない。
ただ、咳が出るとかなりお腹に響くのがつらい。
早朝より、お腹を暖める作業と、痰を出すための吸入を行う。
食欲も十分あるので、朝から、トースト2枚とバナナと牛乳を全部平らげる。
点滴はさしたままだが、心電図のコードと、尿道に入れた管ははずせることに。
急に身軽になった感じがする。
尿道の管は結構長いのが入っていて、看護婦さん(またもや鈴木さん)が一気に引き抜いてくれたが、やっぱりひりっとする。
続いて、レントゲン撮影があるので、車椅子で、レントゲン室へ。
ベッドを降りるのも、車椅子に座るのも、一人でできる。
昨日の手術が嘘のようだ。
レントゲン室から、直接病室に帰還となった。
7月18日(日)
昨夜もよく眠れなかった。
一番の原因は、仰向けに慣れないベッドで寝ることからくる腰と背中の痛み。
俯せにならないと寝付けないたちなので、つらかった。
朝から、両親がお見舞いに来る。
その後、大森先生がやってきて、体内から、外に出している管(血液や、しみ出た胆汁を外に出すためのもの)を抜いてもらう。
抜くと傷口もずいぶん楽になり、咳も以前ほど響かなくなった。
大森先生から、早くも「もういつ帰ってもらってもいいよ。」との頼もしい一言。
病院生活も楽しいので、しばらく置いておいてくださいと依頼。
**興味のある方のご参考に、傷口の写真と中に入れてあった管の写真もあります。**
昼過ぎに家内と子供が来てから立て続けにお見舞いのみなさんに来ていただいた。
校長先生、副校長先生、中内さん、中野さん、南さん、川崎さん。
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| よく親子で同じ顔といわれます | お見舞いありがとうございました | |
7月19日(月)
朝から採血とレントゲン撮影。
痛みはほとんどなくなって、咳をしても耐えられる程度の響き方になった。
ただ、寝返りを打つと、内臓がゴボゴボと音を立てて動くような気がする。
手術の際にお腹に空気を入れて膨らませるので、お腹に隙間ができたせいかと思って、大森先生に聞いてみる。
「別に気にする必要はないですよ。」との返事だったが、しばらくした後、「レントゲンに空気が写っていたからやはりそれでしょう。」ということになった。
空気は自然に無くなるらしい。
昨夜も、同室の患者さんが、夜中に何度か看護婦さんを呼んで、痛み止めの注射をしてもらっていた。
帰りたくても帰れない患者さんのそばで、気楽に遊んでいるのもやはり申し訳ないような気がしてきたので、退院をお願いする。
「今日ですか?」と聞かれたので、「明日でもいいです。」と答えて、20日に退院することに決定した。
それにしても、手術から、わずか3日で退院できるとは、現代医学はありがたいものだ。
7月20日(祝)
昼食までいただいた後、すぐに身支度をして退院。特に手続きもなくあっけない感じ。
今後の予定
抜糸(7月23日)
大森先生による診察、病理検査結果の連絡(7月26日)
経過報告
早くも手術から2年が経ちました。
手術前に、周りのみなさんからお聞きしていたとおり、手術後2ヶ月ぐらいは、毎日のように下痢の症状がありましたが、それ以降は手術したことを忘れてしまうぐらい、日常生活に於いて手術前となんら変わることはありません。
ただ、ほとんど目立ちませんが、3カ所手術の跡が、たまに、手術したことを思い出させてくれます。
![]() | * これから手術を予定されていて、手術の跡の気になる方のために、 拡大写真も用意しています。 |
| お世話になったみなさん |
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